平成21年度においては、コメニウスの教育思想の意義として従来扱われてきた大衆教育思想としての側面を明らかにするため、コメニウスと協働したハートリブ(Samuel Hartlib)の残した文書におけるpopularとeducationの語の用法について分析した。その結果、彼らの大衆教育が宗教的な平和の実現という意図に支えられていたことが明らかとなった。この点は、コメニウスの教育思想が平和主義の思想との関連において理解されることを示唆するものである。平和主義の思想は、多元的な価値観が相克する21世紀社会において重要な意味をもっており、コメニウス教育思想の現代的展開を検討する上で重要である。研究内容については、平成21年8月29日、オランダ・ユトレヒト大学で開催された国際教育史学会第31回大会において口頭発表した。 また、コメニウスの教育思想の個別的な展開を検討するため、コメニウスにおける地理への関心が教授学思想にどのように展開されていったかについて検討した。コメニウスは青年期に生地のモラヴァ地方の詳細な地図を作製・出版しており、これは長く用いられた。この作製・出版は、「あらゆること」を教育内容に取り込もうとする百科全書主義的志向の具体的現れといえる。コメニウスが作製した地図の日本における本格的な紹介は初めてのことである。この地図の作製ののち、コメニウスは、教授学研究において地理的知識の学習を重視していった。他方、地理的な知識の実践的な意義としては、彼が、晩年の『汎教育』で、人間形成における遊学の重要性を重視していたことが注目される。
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