本研究では,重イオン衝突や中性子星などにおいて実現する核物質の動的現象と熱力学的性質を解明するため,微視的理論による研究を推進することを目的とした.特に,反対称化分子動力学(AMD)を用いて,統一的な理解を目指した.今年度は,特にクラスター相関の重要性に留意して理論を発展させつつ,重イオン衝突における観測量と状態方程式との関係についての研究を進めた. AMDにクラスター相関を取り入れる拡張については,昨年度まで研究してきた核子あたり50MeVの重イオン衝突に加え,低エネルギーや数百MeVまでの高エネルギーの核衝突にも研究対象を広げた.従来の方法では単一の理論(パラメータ)で広いエネルギー領域を記述するのは難しかったが,クラスター相関の導入により,広いエネルギー領域の一貫した記述が相当に改善した.特に,低エネルギーの反応を記述するためには,複数のクラスター間の相関を取り入れる際の角運動量保存の条件が重要であった.また,関連して,核子あたり数MeV程度励起した熱平衡の核子多体系にも同じAMDの枠組みを適用した.クラスター相関の有無により,原子核の励起状態の性質や崩壊様式が大きく影響を受けることが確認できた. 重イオン衝突でのアイソスピン効果と状態方程式(対称エネルギー)の影響を調べるため,中性子過剰核を含む原子核の衝突を計算した.その結果,陽子密度・中性子密度の時間発展,クラスターのエネルギースペクトル(三重陽子とヘリウム3の差),破砕片原子核のアイソトープ分布などが確かに対称エネルギーの密度依存性を反映していることが確かめられた.ただし,実験データと比較してみると,陽子・中性子の反応途中の運動(圧縮・膨張)が,通常の理論予想から相当に乖離している可能性が高く,今後の重要な研究課題であると考えられる.
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