この数年グラフェンと呼ばれる炭素の一原子層からなる新物質の物性に実験・理論両面から強い関心が向けられている。グラフェンは質量ゼロのディラック粒子のように振る舞う電子を伝導帯と価電子帯にもつ"相対論的な"2次元電子系であり、"相対論的"な量子現象を身近な物性系で検証・研究する希有な機会を提供する。このような状況を踏まえて、研究代表者は平成23年度には、相対論的場の量子論に固有な真空の量子的な性質やゲージ量子異常に由来すると考えられるグラフェンの諸特性を探求した。その内容は以下の通りである。 1.赤外光を用いてグラフェンのサイクロトロン共鳴を観測する実験では、グラフェンに固有な相対論的なスペクトルが確認されているが、同時に多体効果の現れと考えられる小さい有意なずれも観察されている。一昨年度には、このずれを電子間相互作用による速度の繰り込みの効果として説明する論文を発表した。その際、二層系グラフェンについては十分に説明できない有意なずれが残ったので、昨年度には二層系に内在する弱い電子・ホール非対称性を考慮に入れた二層系のサイクロトロン共鳴の再吟味を行った。今年度の初めにその結果を論文として発表した。 2.磁場中でグラフェンの二層系にはスピン・層・軌道について最大8重に縮退する擬ゼロ・モード準位が現れる。特にこの軌道に係わる縮退はカイラル量子異常に由来する位相的起源をもつ現象であり、グラフェン二層系に固有な現象である。研究代表者はこの軌道縮退が荷電子帯(Diracの海)の量子揺らぎにより解けることに気づいた。これは水素原子のLamb shiftと類似した量子効果である。目下、この効果を考慮に入れて擬ゼロ・モード8重項の構造を考察した論文をまとめている。
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