研究概要 |
本研究の主な目的は、核子中のパートン分布の荷電対称性の破れ、海クォークのフレーバー非対称性、アイソスピン非対称性等を、QCDの有効模型であるカイラル・クォーク・ソリトン模型の枠組みで統一的に解析することである。この目的に向けて、本年度は、u-クォークとd-クォークの質量差、そしてまた、s-クォークとu,d-クォークの質量差を摂動論的に取り入れて、パートン分布関数を予言するための理論的定式化を遂行した。また、ここで必要とされるSU(3)演算子の行列要素を効率よく計算するための計算プログラムを開発した。次年度は、これらの定式化を基に、実際の数値計算を実行する予定である。現在、カイラル・クォーク・ソリトン模型は、海クォーク分布に対して信頼できる予言を与えることができる唯一の模型といえる。この優位性を示すために、横方向運動量依存パートン分布を、海クォークの自由度を含めて計算することに初めて成功した。これにより、縦方向運動量比x(Bjorken変数)が0に近い値を持つ海クォークが、大きな横方向運動量を揮んでいることがわかった。このことは、核子のスピンのかなりの部分を海クォークが運んでいるという予想を裏付けるものである。さらに、一般化パートシ分布の2次のモーメントである一般化形状因子に対する格子ゲージ理論の予言を基に、陽子中のクォークが運ぶ軌道角運動量のスケール依存性に対性に対するほとんど模型に依らない解析を行った。QCDの繰り込み群方程式に基づくこの解析に依れば、非摂動論的QCDの領域である低エネルギー・スケールになっても、u-クォークが運ぶ軌道角運動量とd-クォークが運ぶ軌道角運動量の差は、かなり大きな負の値をとるという結論に導かれる。標準的なクォーク模型の描像と真っ向から対立するこの論は、第2の「核子スピン・パズル」と呼ぶにふさわしい奇妙な発見で、更なる探求が望まれる。
|