本研究はメゾスコピック系のスピン、トルクに関する種々の新規物理現象の解明を主眼とするものであるが、本年度はスピントルクによるスピンポンピングに加え、スピントルクが消去される特殊なスピン軌道結合系にも目を向けている。本年度前半では、パルスESRで量子ドットからポンプされるスピンカレントの実時間ダイナミクスを非平衡グリーン関数と縮約密度行列を用いて理論解析し、時間依存スピンカレントとドットスピンの時間発展との密接な対応関係を明らかにした。時間依存スピンカレントには磁気共鳴によるラビ振動が発生する。電子間相互作用のない量子ドットから放出されるスピンカレントは、連続の式あるいはプロッホ方程式に基づいてドットのスピン緩和に対応づけられる。このため、スピンカレントはドットのスピン状態を直接反映する物理量となる。粒子正孔対称性が欠如したクーロン閉塞量子ドットでは、このような直接的対応は失われるものの、同時放出されるスピンカレントと電荷カレントに重畳するラビ振動よりドットのスピン状態は読み取れる。また本年度後半には、スピン軌道結合による量子スピンホール効果の理論的検討に着手した。対象は量子ドット・量子細線などの伝統的なメゾスコピック系である。これらの系では横方向閉じ込めポテンシャルによりスピンを保存するスピン軌道結合が発生する。この効果は異なるスピン状態で符号反転する面直な軌道磁場のそれと同等になる。よって、時間反転対称性を破らない純粋なスピンホール状態が形成される。特に、スピン軌道結合が適度に強ければ、逆向きスピンを逆方向に輸送するヘリカルエッジ状態が生成され、これに伴いスピンホール抵抗は整数量子化される。時間反転対称なクラマースペアで構成されるヘリカルエッジは時間反転対称な摂動に対して本質的にロバストである。これらの諸特性は非平衡グリーン関数による数値計算で実証された。
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