研究概要 |
熱(温度差)を利用して発電する能力をもつ熱電変換物質は,新しいエネルギー源として注目され,近年多くの研究がなされている。本研究の目的は,熱電変換物質のひとつであるI型クラスレート化合物のゲスト原子に注目し,ラマン分光法を用いてゲスト原子の微視的な運動状態を解明することである。I型クラスレート化合物は,ゲスト原子を包接した堅固なホストケージからなる結晶であり,その熱伝導率の温度依存性(κ(T))には強いホスト依存性,ゲスト依存性が観測される。低い熱伝導率を示すI型クラスレート化合物の場合,ホストケージ中のゲスト原子の運動(通称ラットリングと呼ばれる)が,熱を伝える音響フォノンを散乱することで格子熱伝導率が抑制されると考えられてきたが,本研究ではその微視的な詳細を実験的に初めて明らかにした。伝導キャリアがp型のBa8Ga16Ge30のκ(T)はガラス的であり低い格子熱伝導率を示す。この物質はケージが強い非調和ポテンシャルをつくり,その影響でゲストは大振幅回転運動が可能になる。ケージにはその影響による歪みが生じる。ケージの歪みは回転半径がより大きなSr8Ga16Ge30,Eu8Ga16Ge30でより顕著になり,これらの物質のκ(T)はより抑制されている。結局,ラットリングそのものが音響フォノンを散乱するのではなく,ケージの歪みが音響フォノンの散乱に大きく寄与していると言える。同じくガラス的なκ(T)を示すBa8Ga16Sn30ではケージのポテンシャルはやはり非調和的であり,さらにポテンシャルの異方性が温度変化することが明らかになった。一方,ゲスト原子がケージの中心に位置し,結晶的なκ(T)を示すK8Ga8Sn38ではケージのポテンシャルの非調和性が非常に弱いことが分かった。以上のように,本研究ではゲスト原子の微視的運動と格子熱伝導率の温度依存性との相関を明らかにした。本研究は,微視的かつ明確な設計指針が得られたという点で,次世代の高効率熱電変換材料探索において重要な成果である。
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