分子性固体は、分子間に働く相互作用、つまり周りの分子が作る環境場のために、孤立した分子や溶液状態と異なった、多彩で興味ある物性や現象を示す。その好例として、1個の光子で数百の分子の状態を変えることができる光誘起相転移があげられる。本課題では、光誘起相転移現象を中心に固体光物性ついて、周りの分子が作る環境場を取り入れて、第一原理計算を用いて解明することを最終的な目的にしている。このために、我々が開発に着手した理論計算のアプローチを発展させる。この方法では、結晶構造から切り出したクラスターに対して、第一原理的に電子状態を計算する。その際、クラスター内部の各原子の価数と自己無撞着になるように点電荷をクラスター周囲に配置することで、結晶状態により近い状況で計算する。このアプローチを、電子励起に伴う局所的な構造緩和を扱えるように発展させる。 平成21年度には、擬1次元有機固体(TMTTF)_2PF_6について研究を行った。この物質は、光誘起相転移物質(EDO-TTF)_2PF_6に類似した構造にもかかわらず、電荷秩序相の様相が大きく異なる。環境場を無撞着に取り入れた第一原理計算を行ったところ、電荷秩序がかなり小さく、これまでに報告されている実験と定性的に同様な結果を得た。周囲の分子ならびに対イオンによるポテンシャルバイアスがかなり小さいことがわかり、このために、電荷秩序が弱い原因と考えられる。 さらに、励起状態におけるダイナミクスに向けて、原子位置を緩和させる方法の検討に着手した。環境場として分子力場を加える方法が原子位置緩和に対して有効であることが基底状態に対して実証出来た。一方、構造安定性を確認するための振動計算に負荷が非常にかかることが課題として明らかになり、この点に関しては、次年度、改善に向けて研究する計画である。
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