研究概要 |
申請者は昨年、多軌道ハバード模型に鉄原子の光学フォノン(Eg,Euモード等)を考慮したハバード・ホルシュタイン模型を提唱し、超伝導発現機構や異常輸送現象などを研究した。現実的な電子・格子相互作用により顕著な軌道揺らぎが発生することを見出し、軌道揺らぎを媒介とする「符号反転の無いS波超伝導状態(S++波状態)」の可能性を提唱した。この超伝導状態は、鉄系超伝導体の超伝導転状態が不純物や乱れに対して丈夫であるという実験結果と整合する。理論的に得られた相図では、クーロン相互作用が強くてスピン揺らぎが優勢な領域では「符号反転を伴うS波超伝導状態(S±波状態)」が実現し、一方電子・格子相互作用が強くて軌道揺らぎが優勢な領域ではS++波状態が実現する。この相図は、鉄系超伝導体という物質群が示す驚くべきバラエティの広さを理解する上で、重要な役割を果たすと期待される。 なお本模型の電子・格子相互作用は、As-Feのボンド長を一定とすると、As4の四面体が正四面体であるとき最も大きく、四面体が歪むと小さくなる。つまりAs4が正四面体に近いほど、軌道揺らぎが大きいことが期待される。故に軌道揺らぎを媒介とするS±波状態は、Lee-plotと呼ばれるTcとAsの四面体の歪みとの実験的相関-四面体の歪が小さい物質ほど高いTcが実現する-を自然に再現することが可能である。さらに東大辛研のレーザーARPESにより、超伝導ギャップのd軌道依存性が小さいという、S±波状態と矛盾する結果が報告された(Shimojima et al.Nature(2011).)この実験結果についても、我々の提唱する軌道揺らぎによるS±波状態と合致する。
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