薄いゴムの円筒状の薄膜を、大きく変形させた状態で、高粘度のシリコンオイルを薄く塗布した硬い円筒の上に被せ、その一部に初期亀裂を導入すると、条件によって、その亀裂は、自発的に進展し、ある種の亀裂パターンを得ることができる。この系は、下地の粘性流体によって膜の変形速度が強く制限されるため、通常であれば高速破壊となるべき状況であっても、低速な亀裂進展を観察することができる。 歪んだ状態のゴム膜が円筒の上で緩和する過程を測定することによって、特徴的な緩和時間スケールを見積もることができるが、ゴムに加える初期歪の大きさと、この緩和時間をパラメータとして、螺旋、振動、不規則、直進など、多様な亀裂パターンが得られることが分かった。さらに、実験条件を精査することによって、亀裂のモルフォロジについて、再現性の高い実験相図を作成することが出来た。この系は、一軸的な引張応力が加えられた条件下で、亀裂経路の不安定化が見出された最初の例と言える。 実験の結果、亀裂パターンの詳細は、初期歪と膜の緩和時間の双方に依存するものの、直線的な亀裂と振動亀裂の転移は、初期に与えた歪の量によって一義的に決まることが明らかになった。我々は、この系で見られる亀裂の振動現象が、大変形したゴム膜の非線形弾性によって生じていると予想し、ネオフッキアン型の非線形弾性モデルと線形弾性モデルとによる有限要素法シミュレーションを実施したところ、非線形弾性モデルにおいてのみ実験と同様な亀裂の振動不安定が生じ、振動への転移が薄膜の非線形弾性が顕著に表れる領域と一致することが明らかになった。さらに、不規則格子を用いた、より実験系に近い状況でのシミュレーションにも着手している。
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