水アニオンクラスター(H_2O)_nは、凝縮相中の水和電子のモデルとして、これまで盛んに研究されてきた。本年度は、経路積分分子動力学理論を使って核の運動を量子力学的に取り扱い、クラスター構造における核の量子効果について検討した。 水アニオンクラスターの経路積分計算を行うには、ポテンシャルエネルギー曲面が必要になる。水-電子ポテンシャルおよび水-水ポテンシャルについては、半経験的関数を利用した。核の位置に応じて、一電子波動関数を離散的なグリッド法によって求め、ポテンシャルエネルギー曲面を得、水の5量体アニオンを対象として経路積分計算を行った。クラスターの構造変化を避けるため、温度は50Kの低温で行い、約200個のビーズを使って計算を行った。計算の結果、水素原子は、量子的なゼロ点振動効果および温度効果によって大きな振幅を持っていることを見出した。また、水素結合の強さによって水素原子の分布は大きく変化ことがわかった。このことは、単にクラスターの構造最適化では理解できないことを示している。経路積分計算で得られた構造揺らぎを用いて電子脱離のスペクトルシミュレーションを行った。また、D置換体についても計算を行い、H原子をD原子に置き換えると、スペクトルのピーク位置が若干シフトし、スペクトル幅も狭くなることを見出した。この結果は、電子脱離スペクトルが原子のゼロ点振動の振幅によって変化することを示している。
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