研究概要 |
本年度は,疎水性水和の分子論的な説明という,本研究の目的を満たすような研究結果が得られた.H21年度に,アルコール,アミド化合物などを溶質とする水溶液中の水の赤外分光法によるυ(O-H)とυ(H-O-H),さらにυ(C-H)の精密な測定が可能になった.これをうけて本年は,有機化合物のアルキル基部分の近傍に,バルクの水とは全く異なる,「奇妙な水」が存在することを実験的に明らかにできた.これはバルクの水に比べて,O-H基の水素結合ドナー性が低くなっているにもかかわらず,変角振動バンドが高波数にシフトした,すなわち,回転・並進運動を抑制された水分子であることがわかった.この「奇妙な水」の正体を分子論的に明らかにするために,分子動力学(MD)と,密度汎関数法による計算を組み合わせたシミュレーションを行うことによって,CH基と水の酸素との間にC-H…Oの弱い水素結合が形成されるという結果をえた.シミュレーションによっても,実験で観測されたのと同じ波数のシフトが得られた. テラヘルツ時間領域分光法においても重要な進展が見られた.すなわち,従来,赤外分光法と量子力学的な計算によって,C-H…Oで示される「弱い水素結合」が分子間水素結合として検出されてきたのは,Far-IR領域の赤外分光法やRaman分光法であった.本研究では,新しく組み立てた,テラヘルツ時間領域分光装置を用いて,プロピオン酸のカルボキシル基が形成する二量体とプロピオンアルデヒドが形成する二量体中に,30~80cm^<-1>の波数領域に異なる振動モードの吸収を観測して,その波数,強度が理論値とよい対応を示した.これは弱い水素結合の実験的な観測ということができるもので,次年度の水和によるC-H…Oの観測につなげることができる.
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