ONIOM法は、酵素のような大規模分子を量子化学的に計算できる手法である。しかし、原子の熱運動は考慮していないため、系全体の熱運動がその機能と大きく関わっている場合には、そのままでは応用できない。そこで、ONIOM法と分子動力学法を統合したONIOM分子動力学法を開発した。ONIOM分子動力学法を、これまで、抗癌剤が体内で活性化され抗悪性腫瘍効果を持つ物質に変換される過程の中で最も重要な役割を果たすことから注目されている酵素、シチジシデアミナーゼに応用し、水溶媒中の実在酵素の脱アミノ化反応の分子動力学シミュレーションに成功した。 本研究では、ONIOM分子動力学法を用い、更に、酵素の高い触媒反応活性の原因を解明している。本年度は、上述のシチジンデアミナーゼおよび人体を細菌から守るために重要な役割を果たしている酵素リゾチームに焦点を当て、活性サイトと結合した基質が周りの環境の熱運動によって受ける摂動を詳細に解析した。その結果、基質は、周囲のアミノ酸残基の熱運動による立体的な接触によって強い摂動を受け、構造およびエネルギーの揺らぎが増大していることが分かった。このような基質の揺らぎの増大は、通常、温度の上昇によって起こる現象であり、酵素が高い反応活性をもつ理由と関連していると考えられる。エネルギーの揺うぎと温度の関係は、理論式によって実証された。したがって、酵素のこのような環境の効果が高い触媒反応活性に寄与していると考えられる。これまでの化学反応速度論では、このような効果は露に考慮できない。そこで、このような効果を考慮できる新たな化学反応速度論の構築に取り組んでいる。酵素の反応活性に寄与している新たな因子を解明することで、酵素の作用機構の解明とそれを応用した創薬に貢献できると期待される。
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