五環の芳香族ケトンであるナフトアントロン(6H-benzo[cd]pyren-6-one、略してNT)の溶液は、脱気してあらかじめ吸収波長の光を照射(予備照射)しておくと、蛍光強度が著しく増大する。この奇妙な蛍光増強現象はNTと溶媒分子との会合体形成によるものと推定されるが、再現性が乏しく定量的な議論ができなかった。本研究では、NTおよび他の芳香族ケトンに対して詳細な分光測定を行うことにより、再現性のあるデータをもとにして会合体形成機構の妥当性を実証することを目的とする。 平成21年度では、NTを対象として、温度、照射光強度を一定にした条件下で測定を行うことにより、再現性のあるデータ収集を目指した。実験中の温度を一定に保つためにクライオスタットを使用し、照射光強度を一定にするためにライトメーターを使用した。その結果、298Kと77Kとでは明らかに蛍光増強の様子が異なり、前者ではNTの化学変化が起こるが後者では起こらないことが確認された。さらに蛍光増強は照射光強度に大きく依存し、ある一定強度以上でないとほとんど起こらないことも判明した。溶媒を重水素化すると蛍光増強はかなり抑制されることも分かった。これらの結果はいずれも会合体モデルで説明が可能である。以上のことを踏まえ、平成22年度では、会合体形成に必要な分子の励起エネルギーが48kcal/mol前後であると予想し、最低励起三重項状態のエネルギーE_Tの異なる芳香族ケトンについて測定を行う。
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