ナフトアントロン(NT)やバニリン、ベンゾベンズアントロンなど芳香族ケトンの溶液を脱気して吸収波長の光をあらかじめ照射(予備照射)しておくと、蛍光強度が著しく増大する。この蛍光増強は、平成21年度・22年度の分光学的研究により、溶質分子の励起三重項状態と溶媒分子との反応で形成される会合体からの発光によること、そしてその会合体は強く溶媒和していることが明らかになった。平成23年度では、蛍光増強前後のNTメタノール(MeOH)溶液に対して高速液体クロマトグラフィー(HPLC)および飛行時間型質量分析(TOF-MS)による分析を行い、会合体を実際に同定することを目指した。 蛍光増強を起こしていない試料溶液のHPLCクロマトグラムでは、保持時間t=4.5minにNT由来のピーク(ピーク1)のみが現れたが、蛍光増強を起こした溶液では、t=6.7minに新しいピーク(ピーク2)が出現した。予備照射時間の増加とともに、すなわち、蛍光増強が増大するにつれて、ピーク1の強度は減少し、ピーク2の強度は増大した。また、保持時間よりピーク2の物質はNTよりも極性は小さい。これらのことから、ピーク2は会合体由来と考えられる。 蛍光増強前の試料溶液のMSスペクトルではm/z=255にNT由来のピークAが現れたが、蛍光増強後のスペクトルでは、ピークAの強度が減少して、m/z=239にピークBが、m/z=368にピークCが新たに現れた。ピークBは、3価イオン[NT+H+2Na+13MeOH]^<3+>に帰属することができ、NTの周りに13個のMeOHが集まった会合体と考えることができる。また、ピークCは、2価イオン[NT+2H+15MeOH]^<2+>に帰属することができ、NTと15個のMeOHの会合体と考えることができる。分光学的研究からは、会合体周囲に溶媒分子の「かご」が形成されると示唆されていたが、今回の測定結果はそれを裏付けしたと言える。 以上のHPLCおよびTOF-MS分析により、蛍光増強を引き起こす化学種(会合体)を初めて同定することができた。
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