2位および6位にフェノール、1位にピリジルメチル基をもつピペリジン誘導体(LH_2)をキラルなN2O2型配位子とするシス-ジオキソモリブデン錯体[MoO_2L]を用いる触媒的不斉酸化反応の開発を目指した。まず、ピリジルメチル基の導入方法を工夫し、配位子の合成法を最適化した。続いて[MoO_2L]を合成し、それを触媒としてTBHPによる各種オレフィンの不斉エポキシ化反応を検討した。しかし、[MoO_2L]は全く触媒活性を示さなかった。この類のエポキシ化では、TBHPがモリブデン中心に配位して活性化される必要があり、通常トルエンのような極性の低い反応溶媒が用いられる。ところが、[MoO_2L]はトルエンに難溶であり、DMFのようにTBHPの活性化に適さない高極性有機溶媒にしか溶けないことが判明した。そこで、触媒の溶解度の向上を狙って、t-ブチル基を導入した誘導体L_<TBP>H_2を合成した。その結果、モリブデン錯体[MoO_2L_<TBP>]はトルエン中で、末端、シスおよびトランス二置換、三置換の非共役オレフィンのエポキシ化で良好な触媒活性を示すことを見出した。また、共役末端オレフィンのスチレンのエポキシ化も、中程度の収率で進行した。現在、不斉収率の評価を行っている段階である。 モリブデン錯体の構造についても、興味深い知見が得られた。[MoO_2L]のX線構造解析の結果、モリブデン錯体[MoO_2L]の配位構造は予想とは異なり、2つのフェノラト基が互いにトランスに配置されていることが分った。これは、同じ配位子から調製したチタン錯体では、ピペリジン環のイス型コンホメーションによる構造規制により1つのフェノラト基がエカトリアル、もう一方がアピカル位に配置されることとは対照的である。シス-ジオキソモリブデン錯体では、このような配位子によるジオメトリーの規制より、オキソにが配位窒素原子と向き合うように配置させるトランス影響が強くことを明らかにすることができた。
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