研究概要 |
本研究では,疲労条件下におけるすべり帯の形成からき裂の発生に至る過程を,異なるスケールにおける不均質場の発展を数学的に記述できる独自の理論であるマルチスケール塑性場の理論(FTMP)を用いることで,結晶粒内でのスケール,さらに転位下部組織でのスケールでそれぞれモデリングを行い,き裂発生過程のシミュレーション手法の確立および予測・評価技術に関する検討を行った.さらに結晶塑性有限要素法によるPSB(固執すべり帯)のようなバンド状組織であるすべり帯の模擬および検討を行った.これらの検討により以下の結果が得られた.FTMPに基づく不適合度モデルを結晶塑性構成式中の硬化発展則に導入し,単結晶モデルの単一すべり方位に対し繰返し負荷を与えることで,疲労条件下のすべり帯が形成され,内部構造としてはしご状の不適合度項分布が自発的に形成され発展することがわかった.また,このすべり帯ではすべりの集中に加えて引張側へのひずみの蓄積,すなわちラチェット的な変形が生じることが明らかとなった.さらに,すべり帯での塑性仕事および弾性ひずみエネルギは,いずれもマトリクス部に比べ最大で約3.5倍大きな値を示し,両者の比較からすべり帯において顕著なエネルギ散逸が生じていることを明らかにした.次段階への予備解析として,すべり帯でのひずみエネルギ分布と,別途(昨年度)行った空孔の濃度分布およびその拡散に関する情報を不適合度項を通じてモデルに反映させて解析を行ったところ,同項を反映させていない場合と比べ,すべり帯部の表面近傍での溝形成が促進される傾向がみられた.このことは,本年度の上記成果と,昨年度の成果を有機的に組み合わせることで,転位下部組織形成・発展からすべり帯での特異な挙動を通して,材料表面でのき裂発生に至る過程が統一的にモデル化およびシミュレートできることを強く示唆しており,これが次年度(最終年度)の研究課題となる.
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