研究概要 |
本研究では,疲労条件下におけるすべり帯の形成からき裂の発生に至る過程をシミュレートする方法論を開発すべく,異なるスケールにおける不均質場の発展を数学的に記述できる申請者独自の理論であるマルチスケール塑性場の理論(FTMP)を適用し,前年度までに得られた成果・知見を基に,種々の検討を行った.最終年度である本年度の最大の成果は,これまで任意性のあった不適合度テンソルの分解方向に伴う結晶方位設定時の方向性の問題に対し,別途提唱しているFlow-Evolutionary仮説に基づく同テンソルの第一不変量(空間成分に対するトレース)を不適合度モデルに用いることで完全に解消できること,さらに同量を用いることでより明確なラダー的変調構造を伴うすべり帯部(固執すべり帯:PSBに相当)が自然に再現されることが明らかとなったことである.FTMPに基づく不適合度モデルを結晶塑性構成式中の硬化発展則に導入し,単結晶モデルの単一すべり方位に対し繰返し負荷を与えることで,疲労条件下のすべり帯が自発的に形成される.平成21年度に行った原子空孔拡散解析により,PSB部での転位ラダー組織自体が,拡散経路の確保と試料表面でのき裂発生現象に対し,決定的に重要な役割を果たす可能性があることを指摘している.本年度は最終段階として,上記新たに再現したラダー構造を伴うすべり帯でのひずみエネルギ分布と空孔の濃度分布およびその拡散に関する情報を,本年度確立した不適合度モデルを通じて結晶塑性有限要素モデルに反映させて改めて繰返し変形解析を行った.最新モデルによる結果では,同項を反映させていない場合と比べ,すべり帯部の表面近傍での局所的な溝形成が顕著に促進されるという傾向が確認された.さらに繰返し変形解析を継続することで,試料表面の溝は自然に応力特異性を伴う"き裂"へと遷移することが予想される.すなわち,転位下部組織形成・発展からすべり帯での特異な挙動を通して,材料表面でのき裂発生に至る過程が統一的にモデル化およびシミュレートできることが示され,本研究の目的である,疲労条件下でのすべり帯の形成からき裂の発生に至る過程をシミュレートする方法論の確立,がほぼ達成された.
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