本研究は、西欧人の目という新たな視点から、多様な形式をもつ近世町家の形成要因を明らかにすることを目的とする。具体的には、長崎出島のオランダ商館長などが遺した記録を基に、日本の町家の地方的・地域的特質を、従来とは異なる目で分析する。なかでもシーボルトは、日本の民家を細部まで丁寧に観察しており、それを分析することにより、日本人では見えなかった町家の地域的特質を明らかにすることができる。 平成21年度は、オランダのライデン国立民族学博物館においてシーボルト『日本』(以下『日本』)の初版本や日本人に製作させた「フロヤ」と墨書のある模型(模型(1))を調査した。また、長崎のシーボルト記念館のマイクロフィルムによりシーボルト関係文書を分析し、『日本』や模型との関連性を検討した。 シーボルト関係文書の分析 シーボルトの「1826年9月15日小瀬戸への調査旅行」(以下旅行記)には、2軒の民家(以下民家A、民家B)について詳しく記されている。民家Aの外観から、庇は雨や日差しを除けるためであり、雨のよく当たる外壁は葦で作ったマット状材料で覆われているとし、気候風土との関係について着目している。内部は、一つの部屋しかないが、畳の敷かれている場所は居間、その反対側は、控え室、台所、食料の貯蔵場所であるとし、一室空間に複数の機能があることを理解していた。いっぽう、民家Bは、屋根に煙突代わりの煙抜きがあり、雨除けの引き戸が付けられているとしている。 旅行記と『日本』、模型との比較 旅行記には、『日本』の挿図と対応する図版番号が記載され、民家Aは外観図、平面図、断面図、民家Bは外観図が対応する。民家Aの外観図等は、平成18年に調査した「農家」の模型とよく一致し、民家Bの外観図は、模型(1)とよく一致した。つまり、この2つの模型は、1826年の長崎市小瀬戸に存在していた民家をモデルとした。
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