本研究では、これまで進めてきた屋台の実態把握による成果を発展させ、架構形式を通して関東に展開する彫刻屋台の建築技術の特質を明らかにすることを目的とする。本年度は、利根川中流域のうち、主に前橋地区および深谷小前田地区の彫刻屋台を実測により記録した。さらに、屋台の遡る形態を祭礼絵巻および日記に求め、史料収集を行った。その上で、形態の指標となる屋台を抽出した。倉庫に眠っていた軸組部材や彫刻部材を実際に仮組みし、屋台の形態を確認する作業は、未だ解決されていない祭りのたびに組立・解体される仮設建築に関する知見を与えることになる。また、彫物師など近世社寺建築との関連および屋台の系譜を探る上でも新資料をもたらす可能性が高く、研究の意義は大きい。 結果、彫刻屋台の架構の特徴を次のようにまとめることができる。利根川中流域に現存する屋台は文政期から明治期にかけて製作された、組立解体式の飾り屋台と芸屋台である。流域ごとに所在のまとまりがみられ、旧例幣使道の街道筋、赤城山南麓の渇水地帯などに点在する。架構は、四輪の台車上に軸部を組み上げ屋根パネルを載せたもので、通し柱または管柱を用いるかにより2類型に大別できる。現存最古の屋台では通し柱で軸部を組む架構を採用したが、安政5年になると管柱で軸部を組む架構が登場する。明治期に入ると、大型の芸屋台が登場し、常設化した回転装置が導入される。舞台装置の常設化、舞台の拡張、部材保管の効率化などの要求が、仮設式の架構に影響を与えたと考えられる。
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