本年度は、モリブデン酸銅の粉末試料における磁気的なミクロ構造を調べるため中性子回折及び散乱実験を実施した。粉末回折実験では、比熱測定で異常が観測された1.75K以下の温度領域において明らかに三次元的な磁気構造を反映した磁気回折を観測することに成功した。また、詳細な非弾性散乱実験の結果、磁化率や強磁場磁化過程から1.75K以上の温度領域で考察した単位胞内に2個の反強磁性二量体と2個の単量体が存在する磁気構造の2個の単量体のみが三次元磁気構造に寄与していることが判明した。即ち、1.75K以下では、非磁性状態を形成している反強磁性二量体と三次元的に磁気的相互作用した単量体が共存している大変興味深い磁気構造を明らかにすることができた。 さらに、FZ(フローティング)法により作製した大型単結晶試料を用いて、詳細な磁化率と強磁場磁化測定を実施した。磁化率測定では、粉末試料で観測されたクロミズムの起源である構造相転移を反映した磁気異常を示す温度が明確に観測された。しかし、この構造相転移により体積が約13%縮小することを反映して結晶が粉砕し、その結果として明確に観測された転移温度が温度変化の測定を繰り返すことにより鈍化し粉末試料の振舞に類似する傾向を観測した。そこで、温度変化により構造相転移温度を通過する毎に粉砕した試料の粒径をSEM(走査型電子顕微鏡)により計測し、その粒系と磁気異常の変化量に相関があることを実験的に証明することができた。また、単結晶試料の強磁場磁化測定では、粉末試料の際に観測された飽和磁化の約1/3の有限磁化プラトーを経た飽和磁化に至る全磁化過程は観測されず、最大磁場60Tまで約1/3の有限磁化プラトーのみが観測された。このことは、粉末試料の測定結果から考察した反強磁性二量体・単量体ではなく、より強固な反強磁性相互作用の存在を強く示唆している。
|