研究概要 |
船底防汚剤は、運航の経時変化にともなう船底の生物汚損を抑止し、推進抵抗の増加による燃料消費量の増加を抑え、エンジンから大気へのCO_2排出量を低減させる役割を担っている。船底へ付着したフジツボや貝、藻類の越境移動を阻止するためにも船底防汚は必要である。しかしながら、生物毒性が強く多様な生物種に対して毒性のある物質を船底へ使用することはできない。有機スズ化合物の船底防汚剤としての使用は,2008年1月1日以降、全ての船舶への使用が国際条約の発効に伴い完全に禁止されている。海洋へ流出した有機スズ化合物は,海底の砂や鉱物へ吸着し残留していることが指摘されている。船舶出入港数の多い主要港の堆積物中には依然として有機スズ化合物が滞留しており、棲息する海洋細菌へ長期的な遺伝毒性を誘発していることが懸念される。 本課題は、当該年度が3年間継続実施の最終年度にあたる。すでに、船舶出入港数の多い東京港、名古屋港、神戸港等から塩化トリブチルスズ(TBTCl)100μMに耐性のある海洋細菌を単離している。東京湾検疫錨地下の堆積物から単離したPhotobacterium sp.TKY1株が、これら10株中で最もTBTClに対する耐性が高かった。本株とTBTCl(100μM)を混合撹拌後、遠心分離で上清と菌体ペレットの各TBT濃度をLCMSMS分析法で分析した結果,菌体ペレット側に1ml当たりで、上清の75倍濃度のTBTClが存在していることがわかった。港内堆積物中では、耐性菌がTBTCl分子を吸着しながら棲息していると推定される。そこで、当該年度では、東京湾検疫錨地の堆積物から単離したTBTCl耐性Photobacterium sp.TKY1株とTBTCl感受性のVibrio属海洋細菌の混在下にTBTCl(100μM)を添加し、生存数を選択培地を使用したコロニーカウント法で計数した。その結果、感受性菌が単独で存在している時より、耐性菌が共存している方が、感受性菌の生存率がより減少することがわかった。これらの結果は、堆積物中の鉱物のみならず、耐性菌に吸着・濃縮されたTBTClが海底に棲息する海洋細菌を含む生物多様性へ依然として影響を与えていることを示唆している。
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