研究課題
超高圧電子顕微鏡を用いた電子照射下その場観察法により、オーステナイト系ステンレス鋼SUS316Lとそのモデル合金中の格子間原子集合体の一次元(1D)運動挙動を実験的に調査した。得られた結果を本報告者が以前提案した高純度鉄の1D運動モデルと比較しながら、以下のようにまとめた。1)ステンレス鋼で1D運動の生ずる頻度は電子照射強度にほぼ比例する。この傾向は高純度鉄と一致し、ともに電子照射が1D運動の引き金として作用していることを示している。2)1D運動頻度の絶対値は高純度鉄の約1/10である。高純度鉄では格子間原子集合体が単一の不純物にトラップされており、高速電子の衝突でこの不純物がはじき出されると1D運動が生ずるのに対して、高濃度の溶質原子を含むステンレス鋼では格子間原子集合体が常に複数の溶質原子と相互作用しているために、1D運動を引き起こすにはより多数の原子のはじき出しが必要と考えられる。3)1D運動距離は10nm以下で、高純度鉄より著しく短い。また1D運動距離分布は電子照射強度、および格子間原子集合体サイズ、マイナー添加元素に依存しない。高純度鉄では1D運動距離は格子間原子集合体がランダムに分布した不純物中を1D拡散する際の自由行程に相当するのに対して、ステンレス鋼では1D運動距離を決定する別の機構が存在することを示唆している。上記の実験・解析と並行して高濃度合金における1D運動過程のMDシミュレーションを実施し、実用鋼を含む広範な材料における1D運動を説明づけるモデルの構築を進めている。1D運動機構が照射欠陥蓄積過程に影響する可能性が国内外の研究者から指摘されているが、1D運動の基本過程そのものがよく理解されていないために、具体的な機構や程度は不明である。本研究成果はこの問題の解決に重要な足がかりとなることが期待される。
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Journal of Nuclear Materials (未定, 印刷中)
Philosophical Magazine 89
ページ: 1489-1504