アリ共生型アブラムシは,進化の過程で飛びにくい体型になってきたと考えられるが,飛翔器官がアリ共生により直接的に影響を受けているかどうかは不明のままであった.そこで,カシワホシブチアブラムシTuberculatus quercicolaを材料にして,以下の実験を行った.野外の4本のカシワから,Y字型に分岐している枝を21カ所選び,アブラムシをアリ共生・除去の条件で飼育した.それぞれの条件下で成長したアブラムシが羽化してから2日以内の個体を採集し,中胸の長さ,翅面積,中胸の面積,そして飛翔筋の面積を比較した.それぞれの形質は体長で補正した. その結果,アリ共生下で飼育したアブラムシの飛翔器官は,アリ除去下のものより有意に小さくなっていた.これらの結果から,カシワホシブチアブラムシの飛翔器官は,アリ共生によって発達が抑制されるが,アリがいない条件では発達が可能という柔軟性を持つことが分かった.アリ共生下のカシワホシブチアブラムシは,アリ除去下に比べて,甘露排出行動が約2倍まで増加することが知られている.その結果,カシワホシブチアブラムシは篩管液の消化不良に陥り,アミノ酸が甘露中に流入してしまう.つまりアミノ酸不足から生じるタンパク質合成の低下が,飛翔器官の未発達を引き起こしている可能性が考えられる.カシワホシブチアブラムシの移動・分散は,アリ共生下で制限されていることを考慮すると,体サイズ全体を小さくするより,使用頻度の低い飛翔器官への栄養投資を割いた方が適応的であると推測される.本研究は,アブラムシとアリの共生関係において,アブラムシが被るコストが体サイズや胚子数減少だけではなく,移動や分散にも直接的に負の影響を及ぼしていることが明らかになった。
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