冷温帯の里山に生息するノシメトンボは、水田で羽化した後、周囲のスギ林のギャップへ移動し、生涯を過ごしている。水田へは、産卵のために短時間飛来するに過ぎない。ギャップでは、繁殖行動を示さず、休息と採餌行動を行なっている。採餌は待ち伏せ型で、ハエやハチなどの小昆虫を餌としている。繁殖期に入ったノシメトンボの雌雄は、連結して水田へやって来て、稲の上をホヴァリングしながら打空産卵を行なうが、そのときの水田は乾燥させられている。したがって、本種の卵は、水のない場所にまき散らされたことになり、通常なら、「誤った産卵」といえる。8月下旬に観察したところ、その高さは稲の先端から2cm前後であった。水田内にポールを立て、稲の根際から上空へ、高さ別の無機的環境(気温、照度、水蒸気圧、風速、直射光温度など)を測定したところ、ホヴァリングの高さは、水蒸気圧の垂直方向で極端な減少が見られた高さと一致していた。水田上を連結態が移動飛翔する時は、少なくとも稲より20cmは高く、その高度の環境条件は、全天の環境条件と変わらなかった。乾燥した場所への誤った産卵行動は、結果的に、翌年の人間による農作業B程に適応し、田への水入れに適応した産卵であることが明らかにされた。すなわち、農作業行程の変化は、本種の生息に大きな影響を与えることが予測される。なお、ミトコンドリアDNAの解析を引き続き続け、プライマーの特定に成功した。
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