植物の種子は、動物にとって栄養価が高い食物であるが、同時にタンニンなどの忌避物質、堅い殻などによって採食効率が下げられ、簡単に利用できる食物となっているわけではない。種子を主食とする動物は、採食効率をより高めるために、それぞれが生息する地域に分布する種子の防御機構に対応した生理的あるいは行動的な適応を進化させていると考えられる。その結果、種子食動物は地域ごとに異なる採食生態を示す可能性がある。本研究では、日本における種子食動物の代表であるニホンリスを調査対象とし、堅い殻によって防御されているオニグルミ種子を主食とするための行動適応とその学習過程について調査した。最終年度である今年度は、タンニンを多く含むコナラ属堅果を食物として利用するかどうか、生息環境が異なる7か所の調査地で給餌試験を行った。野外に給餌台を10か所ずつ置き、リスが餌として利用するアカマツ球果、オニグルミ核果、コナラ堅果、ミズナラ堅果を各10粒ずつ提示した。オニグルミや多様な樹種が混在する低地林の調査地では、リスはオニグルミを持ち去ったが、アカマツやコナラはほとんど利用しなかった。アカマツとミズナラなどが優占する標高1000m付近の山地林では、アカマツ、コナラ、ミズナラを利用した。標高2000m以上の亜高山帯針葉樹林では、ゴヨウマツが豊作の今年は、コナラやミズナラを利用しない傾向が見られたが、不作の前年度はすべての種子を利用した。以上のように、タンニンを多く含むコナラ属堅果の利用頻度には地域差があることが明らかになった。生息環境にドングリが多く生育する山地林では、ドングリを利用する頻度がほかの地域よりも高かった。ドングリに含まれるタンニンへの生理的な適応が獲得されているためであると考えられる。本研究期間を通して、種子食動物リスが生息環境によって利用できる種子の種類に応じて、効率的な採食生態を進化させていることが明らかになった。こうした生態的な適応によって、種子食動物は同種でありながら異なる食文化をもつものと考えられる。
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