脊椎動物では、生殖腺構成細胞(生殖原細胞、体細胞)は、完全か否かはともかく、性的可塑性能を持つことが知られている。魚類では、自然環境条件下で性転換する種以外においても最近、性分化の臨界期を過ぎた成熟雌で機能的な性転換を誘起できることから、卵巣構成細胞が成熟個体においても完全な性的可塑性を保持し続けることが明らかとなった。しかし、遺伝的雄から機能的な雌への性転換はこの時期(臨界期)を超えた場合は誘起されない。実際、メダカ雄では、エストロゲンおよびエストロゲン様物質で極めて容易に精細管中に卵母細胞(精巣卵)の形成が誘起できるが、けっして卵巣への性転換は起こらない。本研究課題では、魚類性分化機構の研究の最も進展しているメダカを用いて、エストロゲンによる性転換誘起系を用いて、精巣分化に伴う精巣構成体細胞の性的可塑性能の分子機構の実態を明らかにすることを目的とする。精巣分化に伴う精巣構成体細胞の性的可塑性能の実態を検討した結果、エストロゲンによってDMRT1の発現抑制が誘導されるが、性転換臨界期を超えると完全な抑制はみられなかった。また、新規のセルトリ細胞系列の分化マーカーであるgsdf-1も同様にエストロゲンで発現抑制が誘導された。一方、Fox12は時期に関係なく、その発現誘導がみられたが、処理終了後、卵巣方向への分化転換が起こらなかった場合、その発現は消失した。また、成体雄での精巣卵形成誘起過程においても、Fox12の発現誘導は全てのセルトリ細胞でみられるが、DMRT1は完全には抑制されず、エストロゲン処理終了後、時系列の進行に伴ってFox12の発現は低下し、消失することが明らかとなった。これらの結果から、セルトリ細胞系列の性的可塑性能は、雄型遺伝子発現の抑制に依存することが示唆された。
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