昆虫の持つ高度な学習・記憶能力の神経生理学的機構を明らかにするため、フタホシコオロギの高次脳記憶中枢であるキノコ体のケニオン細胞に、パッチクランプ法を適用し、嗅覚連合学習に関わるイオンチャネル及び受容体を同定し、条件刺激と無条件刺激によるシグナル伝達経路を調査することを目的とした。すでに本細胞には細胞内Naによって活性化されるNa活性化Kチャネル、電位依存性Caチャネルを同定している。またそれらチャネルに対する報酬系伝達物質オクトパミン、罰系伝達物質ドーパミンの作用を明らかにしている。今回は条件刺激を媒介するアセチルコリン(ACh)の作用を調査した。すでにACh下流には、一酸化窒素(NO)-cGMP-PKG系のシグナル伝達経路が存在し、Na活性化Kチャネルの抑制性調節機構の存在を示唆した。本年はCaチャネルに対するNOシグナル伝達系及びAChの作用を調べ以下の知見を得た。 (1)Caチャネルの開口確率(Po)はNOドナーのGSNO及びSNAPにより増加した。 (2)GSNOによるCaチャネルのPo増加は可溶性グアニル酸シクラーゼ抑制剤ODQ、PKG抑制剤KT5823により抑制された。 (3)膜浸透性cGMPはCaチャネルのPoを増加した。 (4)ムスカリン性ACh受容体アゴニストはCaチャネルのPoを増加し、Mlムスカリン性ACh受容体アンタゴニストのピレンゼピンはACh作用をブロックした。 次にケニオン細胞の活動電位(AP)の基本性質及びACh、NOの作用を調査し以下の知見を得た。 (1)APの立ち上がり相には一過性Na電流だけでなく持続性Na電流、さらにCa電流が関与している。 (2)APの立下り相にはCa活性化K電流、Na活性化K電流が関与している。 (3)APは上記のイオン電流系が混在する複合APであり、ACh及びNOのAP変調作用は個々のチャネル電流への作用から説明可能であり、APの形状は可変的なものであった。 -4 以上の知見を総合すると、連合学習の成立過程にはNaチャネル、Caチャネル、Na活性化Kチャネル、Ca活性化Kチャネルが、条件刺激及び無条件刺激により駆動される各シグナル伝達経路問クロストークにより変容を受け、ケニオン細胞の膜興奮性の恒常的変容が起こることが不可欠である可能性が示唆される。
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