アオハダトンボは、成虫期に表面色の区別可能な2つの期間を有する。羽化してから生殖に入るまでの前生殖期と、生殖可能な生殖期である。前生殖期の成虫を未成熟個体(immature)、生殖期の成虫を成熟個体(mature)と呼ぶ。アオハダトンボでは、成熟雄個体の翅が青く輝き、未成熟雄、未成熟雌および成熟雌の翅は灰色に鈍く反射する。雄の未成熟から成熟個体への移行は顕著だといえる。 本種は、水辺に縄張りをオスがつくり、流れ着いた水草などに産卵する。羽化した未成熟個体は水辺の周囲で数日間を過ごし、その期間は主に採餌に時間を費やす。雄の未成熟個体の目立たない薄灰色の翅は、生殖期になるにつれて翅膜部分にメラニンと考えられる黒い色素が蓄積し、翅脈部分の多層膜構造が強調されることで緑色に輝くことがわかった。つまり、成熟期の劇的な翅色の変化は、構造色の新たな形成ではなく、すでに未成熟個体の翅脈に備わっている多層膜による構造色が、翅膜の透過光が現象することによって強調されていたのである。また、成熟雄個体は縄張りをもち、縄張り内に入る成熟雄個体を積極的に威嚇するが、未成熟雄個体や、未成熟及び成熟雌個体には威嚇行動を示さないことが、行動学的に観察された。これらの翅の表面色を修飾すると、強い反射の翅をもつ個体に対しては雌雄共に対して、成熟雄の威嚇行動が示され、反射を鈍くした翅をもつ個体に対しては威嚇行動が示されないことがわかった。 色や形態に関わる視覚情報は、複眼で受容される。均翅亜目に属するアオハダトンボでは、これまでの報告と同じように、レチナール(A1)と3-ヒドロキシレチナール(A3)が確認されたが、未成熟から成熟個体への移行に伴いA3が増加していた。網膜微細構造のうち特に反射層が顕著に成熟に伴って大きくなっていることも確認され、成熟個体の視覚情報の優位性が暗示された。
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