これまでほとんど形態形質のみにもとづいて分類される一方、個々の形態形質に変異が著しいため、種間の境界認識の客観性や、特定の分類形質にもとづく種の定義の妥当性に多く疑問が示されてきたコブラ科ウミヘビ亜科のイイジマウミヘビとマダラウミヘビ-クロガシラウミヘビ複合群について、琉球列島や周辺地域の集団を中心に生化学的、分子遺伝学的データを収集・解析し、隠蔽された多様性の解明、系統関係を反映した分類体系の確立、各種の形態的定義の改訂を目指した。イイジマウミヘビについてはアロザイム法にもとづく解析から、琉球列島・台湾近海の集団と、オーストラリア・ニューカレドニア近海の集団間で、数は少ないもののいくつかの遺伝子座で対立遺伝子の完全置換を含む、一貫した遺伝的差異が認められた。またこれまで検討されることのなかったフィリピン近海の集団については、上の双方と比べると琉球列島の集団の方により近いこと、しかしながら、後者とも1遺伝子座で対立遺伝子の完全置換があり、フィリピンと台湾・琉球の間で遺伝子流動がなく、相互に完全に隔離されでいることが示された。これらは形態的にもわずかながらコンスタントな識別形質があり、よって特にフィリピンのものについては今後、正式に独立種として記載する予定である。一方マダラウミヘビ-クロガシラウミヘビ複合群については、採りためていたサンプルの多くが劣化してしまったため数はあまり見られなかったものの、ミトコンドリアDNAの配列で明確に識別できる2系統が琉球近海にいることが確認された。ただし予想に反しそのいずれの系統にも、形態的にはこれまでクロガシラウミヘビとされてきたものが含まれており、同種とマダラウミヘビを形態から識別するのが極めて困難であることも、あらためて示された。
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