研究概要 |
本年度は、種内異数性と地理的分布を明らかにするため、ヒメスゲとアキイトスゲの系統地理学的解析を行った。ヒメスゲは、昨年までに2n=18,20,24,26の種内異数体が北海道から分布が南に移行するにしたがい染色体数が増加する傾向があり、葉緑体遺伝子でハプロタイプIとハプロタイプIIの2型に分けられることが明らかになっている。染色体数2n=18と20は本州のみで報告されていたが、広島県の深入山で2n=24の九州地方と同一の染色体数が観察された。また、四国地方には2n=24のみが報告されていたが、2n=20の異数体を高知県白髪山と徳島県次郎笈で確認した。葉緑体遺伝子の解析から、北方由来であるヒメスゲは中国地方から九州地方と四国地方から九州地方の2つのルートで分布を拡大したことが明らかになった。アキイトスゲは、九州地方の対馬、佐賀県に分布し、瀬戸内島嶼部に隔離分布することが知られている。韓国の木浦でも採集されている。本年度は、九州と瀬戸内沿岸地域の12場所で採集したアキイトスゲの葉緑体遺伝子6領域(trnT-LIGS、 trnLintron、 trnL-FIGS、 rpL16intron、 rpS16intron、 atpB-rbcL)ハプロタイプの解析を行なった。その結果、5種類のハプロタイプが認められることが分かった。これらのハプロタイプの分布には明瞭な地理的隔離が見られた。また、瀬戸内に分布していたハプロタイプのうち、2種類は1塩基の変異しか認められず、特に近縁であった。これらのことから、アキイトスゲは、更新世後期の最終間期に朝鮮半島から対馬、佐賀県島嶼部、瀬戸内にまで分布を広げていたが、その後の気候変動によって、島嶼部や沿岸部に隔離され、遺存的に生き残ったと考えられる。以上のように、ヒメスゲとアキイトスゲの染色体やハプロタイプの解析結果から、スゲ属植物は気候の変動による分布域の変化と、遺伝的な変異との間に密接な関連が見られることが明らかになった。
|