研究概要 |
鯨類寄生線虫Anisakis simplexには遺伝的変異に基づく同胞種が知られており,一方,本種虫体を培養液中で成熟させて得られた雄成虫が2つの同胞種,A.simplex sensu strictoとA.pegreffiiの間で形態が異なるという研究結果が示されている.本研究では,それら形態的差異に基づく同胞種の同定が,野外で得られた虫体で可能であるかどうかを検討するために計画された. 21年度には,オホーツク海及び西部北太平洋産のミンククジラ,南極海産クロミンククジラ,鹿児島県に漂着した珍しいタイヘイヨウアカボウモドキからそれぞれ得られた虫体について,雄成虫約200個体について形態観察,計測を行い,一部のものについては遺伝子解析を行った.形態観察,特に肛門後乳頭の配列において,海域を問わず最も卓越したのはA.pegreffii型とされるもので,これに次いでA.pegreffiiとA.simplex sensu strictoの双方の特徴をそれぞれ左右に発現したものがみられ,A.simplex sensu stricto型を示すものはわずかであった.また,タイヘイヨウアカボウモドキ由来の虫体には,別種で本邦初記録となるA.ziphidarumを多く含むことが形態的に明らかとなった. 一方,遺伝子解析では,北半球ではA.simplex sensu strictoが圧倒的に多く,南極海では現在までのところA.pegreffiiのみが検出されており,きわめて予察的ではあるが,野外で得られた虫体においては,形態的な差異を以て同胞種を同定するのは困難である可能性が示唆された.2つの同胞種双方の形質をもつ個体が多数見られたのは注目に値する。
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