鉄はほぼ全ての生物種の生存に必須な微量金属であるが、遊離の鉄イオンはフリーラジカルの生産源ともなり、細胞の機能に障害を引き起こす。細胞質の鉄はフェリチンに貯蔵されることから、鉄の細胞内動態とフェリチンの細胞内分布には密接な関係が予想される。そこで、フェリチンの細胞内分布制御機構を明らかにするために、平成21年度はフェリチンの細胞内分布に細胞外鉄イオンが与える影響を、複数の細胞株を用いて詳細に観察した。その結果、大腸上皮ガン組織由来のCaco-2細胞を単層のシート状に培養した状態で、培養液に鉄イオンを添加すると、細胞内のフェリチンが複数の細胞間で同調して移動することを見出した。フェリチンは、コントロールの細胞では主に培養基質側(底部)の細胞質に分布するが、鉄イオンを添加して1日後には主に培養液側(頂部)の細胞質に分布するようになり、3日後に再び底部に分布していた。Caco-2細胞は生体内で鉄イオンの吸収を担っている腸上皮細胞に由来する株化細胞であることから、鉄イオントランスポータを発現していると考えられる。したがって、鉄イオンがまず頂部細胞膜から細胞質へと輸送され、その鉄イオンを取り込むためにフェリチンが頂部へと移動し、鉄が充填されたフェリチンが底部へと移動していると考えられる。このようなフェリチンの細胞内移動は、腸における鉄イオン吸収の仕組みを反映している可能性がある。また、肝ガン由来の株化細胞HepG2と同様に、Caco-2細胞でも培養液への鉄イオン添加に伴ってフェリチン集合体の形成が促進された。この結果は、フェリチンの集合体形成が鉄イオンに対する普遍的な細胞反応であることを示している。
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