申請者は、卵膜分解機構の進化をタンパク質機能のレベルで研究している。魚類の孵化酵素は進化過程で重複して、2種の酵素へと多様化したことが分子系統解析より明らかである。孵化酵素の卵膜分解様式を調べると、真骨魚類の孵化は、もともとは、単一酵素で行われ、その後、効率の良い2種の分解系に進化したことがわかる。単一酵素系の孵化は、卵膜の軟化・膨潤である。2種の酵素系では卵膜が完全に可溶化し、一つ酵素(cladeI酵素)が卵膜膨潤化の活性を持ち、もう一方(cladeII酵素)は、その膨潤卵膜を可溶化する。このことより、cladeI酵素が祖先型活性を維持し、cladeII酵素は、新規機能を獲得した酵素と考えられる。各酵素の卵膜切断点を調べるとcladeI酵素は、N-末端領域を細かく切断する一方、cladeII酵素は、ZPドメインのN-末端側(N-ZPd)とZPドメインの真中(Mid-ZPd)というcladeI酵素酵素とは異なる2箇所を切断する(Yasumasu et al.2010)。つまり、cladeII酵素は、祖先型の活性(N-末端領域の切断活性)という本来の活性を失い、新たに2つの切断点を獲得することで、卵膜可溶化という新機能を獲得したと考えられる。正真骨魚類とニシン・骨鰾類は、ともに2種の酵素を持つ。しかしながら、新規機能を獲得したのは、正真骨魚類のcladeH酵素で、ニシン・骨鰾類cladeII酵素は、卵膜を膨潤化する酵素で、CladeI酵素と同様のN-末端領域の切断活性をもち、2つの切断点のうち1つ(N-ZPd)のみ切断する。ニシン・骨鰾類cladeII酵素では、卵膜可溶化のキーサイトであるMid-ZPdは切断しない。ニシン・骨鰾類ZP-タンパク質のMid-ZPd切断点に対応する配列を見ると、そこにはプロリンの連続配列が保存されている。一方、正真骨魚類のMid-ZPdには、プロリン配列は見られない。つまり、卵膜の配列変化が新たな切断点の獲得、つまり孵化酵素の新規機能に強く関与していることが示唆される。
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