近年、昆虫を含む多くの生物でゲノム解析が盛んに行われているが、ほとんどの場合、性染色体の解析は避けて通られているのが実情である。それは繰り返し配列があまりにも多く、解析そのものが困難だからである。しかし本研究では、その性染色体の解析をカイコで行おうとするものである。カイコの性染色体である「W染色体」は、数多くのいわゆる「動く遺伝子」が複雑に入り込むことで構成されている極めて特異な染色体である。常染色体やZ染色体と組み換えることがないため、理論上、永遠に孤立した染色体で、完全に独立して進化してきた。本研究の目的は、カイコのW染色体のDNA塩基配列情報から、後から侵入し、蓄積された数多くの動く遺伝子を取り除くことによって姿を現してくる「太古のW染色体」をDNA塩基配列レベルで明らかにすることである。本年度はカイコの野生種と考えられているクワコを採集し、そのW染色体を戻し交雑によりカイコに導入した系統を作製した。以前、東京都の田無、東大和より採集したクワコの雌に、カイコのゲノム解析用系統のp50系統の雄を繰り返し交配し、カイコのW染色体をクワコのW染色体に置き換えた系統を作製した。また、中国の江蘇省の野外よりクワコを採集し、そのW染色体をカイコp50系統に導入した系統も作製した。これらのW染色体の一部分を分子生物学的に解析したところ、日本のクワコのW染色体は、明らかにカイコのW染色体とは異なっていた。これに対して驚いたことに、中国のクワコのW染色体は基本的に「カイコのW染色体」と同一であった。これは中国の野外に生息するクワコは、カイコのW染色体を保有していることを意味している。過去に人間の飼育していたカイコから野外のクワコにW染色体が広がって行ったと考えられる。また本年度はW染色体をさらに解析するためにフォスミドライブラリーを新たに作製した。
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