多くの昆虫は、光周期や温度などの環境条件の変化を受容して、様々なホルモンの分泌量を調節することにより休眠に入るが、なかでも脱皮ホルモンが関与することを示す報告が多い。そのような種では、休眠状態でホルモン濃度が低く、休眠虫に対する脱皮ホルモンの注射により休眠を打破できることから、脱皮ホルモン濃度の低下が休眠の誘導や維持に重要だと示唆されてきた。しかし、これまでは脱皮ホルモン濃度を人為的に下げる方法がなかったため、直接証明することはできていない。応募者らは最近、昆虫病原性糸状菌の1種から強力な脱皮ホルモン分解酵素を単離し、この酵素を使って様々な昆虫の脱皮ホルモン濃度を下げることに成功している。そこで、本研究では、この酵素を利用して、昆虫の様々なタイプの休眠における脱皮ホルモンの役割を解明する。 昨年度までの2年間の解析で、オオワタノメイガの非休眠幼虫に対して、脱皮ホルモン分解酵素の組換タンパク質を注射すると、(1)通常の温度で成長が停止する、(2)低温(4℃)への耐性が増す、(3)一定期間低温においた後に通常の温度に戻すと成長が再開される、という休眠と酷似した生理状態へ変化させることができることがわかった。本年度はこれらの生理状態の変化の中で、特に(2)の低温耐性を増強させる生化学、分子生物学的機構を明らかにするために、様々な昆虫で低温耐性に関係することが知られているheat shock protein遺伝子のうちから、hsp70、hsc70、Hsp96遺伝子をクローニングし、通常の非休眠幼虫、休眠幼虫、人為的に休眠を誘導した幼虫の間でそれらのmRNAの発現を比較した。しかし予想に反して、休眠の有無により有意な差は認められず、これらの遺伝子が低温耐性増強に関与していないことがわかった。また、数種類の昆虫に脱皮ホルモン分解酵素を注射したが、休眠は誘導できなかった。このことから、脱皮ホルモン濃度低下により休眠誘導が一般的に見られる現象でないことが示された。
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