これまでに、コリネバクテリウム・グルタミクムの微好気生育に関わる遺伝子の1つとして、機能未知の膜タンパク質遺伝子Cgl2859を特定している。野生株で同遺伝子を破壊すると確かに微好気生育能が低下するが、好気的条件の撹拌培養でラグ期が延びるという不可解な現象を認めた。我々は、本菌のDNA合成に酸素が関わることに着目して、破壊株ではシード培養後期、酸素濃度の低下に起因してDNA合成能が影響を受けている可能性を考えた。DNA合成の鍵酵素でかつ活性発現に酸素を要求するリボヌクレオチドレダクターゼの遺伝子群(nrdHIE & nrdF)をプラスミドに集約して破壊株に導入すると、ラグ期長期化が有意に改善された。以上から、Cgl2859の破壊に伴うラグ期長期化の一因がリボヌクレオチドレダクターゼにあること、ひいては、Cgl2859が、酸素を必要とするDNA合成にも関与していることが示唆された。 一方、酸素の必要量そのものを減らすとの観点から、解糖系におけるNADHの発生源と目されるグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(Gap)反応に焦点をあて、コリネ菌のもつNAD型GapAに代えて、ミュータンス菌のNADP型GapNを発現する解糖系の再構築を試みた。コリネ菌のgapB破壊株ベースに、そのGapAをミュータンス菌のgapNでORF置換し、自前のgapABに代えてgapNをゲノム上で発現する菌株を造成した。本株は残念ながらグルコースで充分に生育できなかったが、同株から生育良好なサプレッサー株が容易に取得できることを見出した。代表株はNADPH産生型のGapN活性を保持しており、この株をベースに育種したリジン生産菌は対照株に比べて有意に高いリジン生産能を示した。酸素要求量の低下とリジン合成へのNADPH供給強化の2つの効果が相まった結果と推察される。同株の全ゲノム解析により、gapNとは別の領域に1塩基置換を見出した。
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