研究概要 |
食物繊維摂取による小腸ムチン分泌促進効果は,不溶性繊維(IDF)では消化管内での嵩,水溶性繊維(SDF)では粘度に応じて杯細胞が増加することで発現することを明らかにした。また,杯細胞の増加には腸上皮細胞の代謝回転を伴うことを見いだした。一方,繊維摂取時のMUC遺伝子発現量に顕著な変動は認められなかった。したがって,これらの効果は杯細胞における基礎分泌の亢進によると推定された。上記の繊維は異なる物性を示すにもかかわらず,腸上皮に対して共通の作用を示す。これについて申請者は、嵩の高いIDFと粘性の高いSDFに共通する作用は、腸管の蠕動運動に特徴的な「push-through移送」に伴って生じる腸管内腔圧の上昇に基づくと推定している。繊維摂取により腸内腔圧の影響を強く受けるのはクリプトである。クリプトには未分化の幹細胞が存在し、notchシグナルの制御によって吸収上皮、内分泌および杯細胞などへ分化する。事実、IDFやSDFの摂取はともに腸上皮細胞でのHes-1発現量の減少とMath-1発現量の増加をもたらすことを明らかにしている。現在,申請者らは「DF摂取は腸管内腔圧を上昇させ、クリプトの圧受容体を介して杯細胞への分化を促進する」と考え、その検証に取り組んでいる。さらに,上記の効果においてSDFのペクチンは例外的挙動を示し,杯細胞の増加とは無関係にムチン分泌を促進すること,ペクチンの摂取は胃,小腸上部で夫々MUC5AS,MUC2遺伝子の発現量を著しく増加させることを見いだしている。ペクチンによるムチン分泌促進効果は,所謂,促進分泌の亢進によると考えられた。このペクチンの効果は細胞培養系でも確認され,HT-29MTX株(杯細胞分化株)において100μg/mLのペクチンはLPSと同等のMUC5AC分泌促進作用を示すことが明らかとなった。ペクチンと同様に繊維分子内にマイナス電荷をもつアルギン酸や他の水溶性繊維が本培養細胞系で効果を示すことはなかった。ペクチンは直鎖状のガラクツロン酸ポリマーに部分的側鎖領域を有する化学構造をもつが,ペクチナーゼ,酸加水分解によって調整した低分子化ペクチンでも活性を維持することが明らかになっている。今後はムチン分泌促進作用を発現する化学構造部位の特定を行いたい。
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