本研究は、寒温帯針葉樹林で優占種となるモミ属樹種の林冠木を対象に、樹高成長量の年次間変動をもたらす要因の解明を目的とする。林冠木の樹高成長量は、森林の生産量や三次元的空間構造における経年的推移を予測する上で重要な要素である。 本年度は、北海道の天然林および人工林の主要構成樹種であるトドマツを対象に、樹高成長量の年次間変動と関わる気象要因について解析した。解析では、同属樹種における先行研究で、樹冠拡大に対して繁殖を介した気温の関与が示唆されていることに着目した。樹高成長量は、他の樹木による被陰が過去30年間以上なかったと推測される林冠木8個体で、樹冠に登って13年間分計測した。気温は、調査地の山麓部におけるアメダスデータの旬別平均気温を用いた。解析では、気温を説明変数とする線型混合モデルを複数構築し、有効なモデルを選択した。 モデルの説明変数では、樹高成長前年6月下旬の平均気温が樹高成長量と強い負の関係を示した。このモデルは、あてはまりの良さを示すAICが他のモデルよりも明瞭に小さい値を示していることから選択された。 選択されたモデルは、球果生産量がその年の樹高成長量と負の関係にある可能性を示す。6月下旬はトドマツ当年枝の伸長時期である。モミ属の他樹種では、当年枝の伸長期間に雌花芽形成が開始する。球果生産は雌花芽形成の翌年であることから、球果生産と樹高成長の負の関係が示唆される。 研究結果は、トドマツにおいてもモミ属樹種における先行研究同様、林冠木の樹高成長量と気温および繁殖との関係を示唆する。繁殖の年に関しては、Abies balsameaにおける雌花芽形成翌年の樹高成長量低下と共通しているが、オオシラビソにおける雌花芽形成2年後の樹高成長量低下とは異なっている。トドマツにおける繁殖過程の解明が、樹高成長の年次間変動を理解する上で残された課題である。
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