ウシのボツリヌス中毒は神経麻痺を主徴とする致死的な感染症で、世界中で発症が報告されており畜産経営上の大きな問題となっている。しかしボツリヌス毒素が腸管からどのように吸収されるかは不明である。本研究はボツリヌス毒素が腸管から吸収される際の分子機序を明らかにし、毒素の吸収を抑制する物質を飼料に添加することで中毒の発症を抑制する方法を開発することを目的としている。 平成22年度までに、ウシに中毒を引き起こすC、D型毒素が小腸上皮細胞のシアル酸に結合して細胞を透過することを明らかにし、毒素とシアル酸を同時添加すると競合拮抗により毒素の吸収が抑制されることを明らかにした。本年度、予定をしていた実験動物を用いた系では安定した結果が得られなかった。一方A、B型ボツリヌス毒素が細胞内を透過するだけでなく、細胞間隙を拡張して細胞間隙を透過するという結果が報告されたので、このことがD型ボツリヌス毒素でもおきるのか、それは毒素がシアル酸に結合することによっておきるのか、そうならば毒素とシアル酸を同時た添加するごとで拡張を抑制しうるのか検討した。 トランスウェルに培養したラット小腸上皮株化細胞IEC-6にD型ボツリヌス毒素(750kDa)200nMを添加した。細胞間隙のトレーサーであるFITCデキストランの細胞層に対する透過量を測定すると、毒素添加で細胞間隙が拡張することが明らかとなり、またこの細胞間隙から毒素が運過することがわかった。この毒素による細胞間隙の拡張は、毒素と同時にシアル酸を添加することで抑制された。以上の結果から、腸管からのボツリヌス毒素の吸収は細胞内経路と細胞外経路があることが示唆され、いずれも毒素のシアル酸への結合によって起こることが明らかとなった。本研究により、家畜の飼料にシアル酸を添加することで、ボツリヌス中毒の発症を抑制できる可能性が強く示唆された。
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