多環芳香族炭化水素(PAHs)は、ダイオキシン類と同様、様々な燃焼過程で生成され、環境中に排出されている。また、近年PAHsに塩素や臭素が付加した塩素化、臭素化多環芳香族炭化水素(ClPAHs、 BrPAHs)も、環境中から検出されている。これらのハロゲン置換体は、難分解性、蓄積性が増すとされ、生体への影響も危惧される。しかしながら、その生体に対する影響については、ほとんど解明されていない。そこで、本研究では、特にPhenanthrene(Phe)、 Pyrene(Py)、 benzo[a]pyrene(BaP)、 benz[a]anthracene(BaA)の臭素置換体である9-bromophenanthrene(9-BrPhe)、 1-BrPy、 6-BrBaP、 7-BrBaAに注目した。遺伝子発現レベルの変化を網羅的に解析するために、乳癌細胞MCF7を用いて、Human Cancer Drug Resistance and Metabolismのパスウェイ解析を目的としたPCRアレイを行い、さらにこれまでのPAHsでの遺伝子解析で、発現量に変化の認められたいくつかの標的遺伝子についてreal-time PCRを行った。 6-BrBaPについてPCRアレイを行ったところ、アレイ上の約90遺伝子のうち、BaPと6-ClBaPとの結果と比較して、Br体でCl体と同様に発現が増加、あるいは減少した遺伝子もあったが、Cl体よりも発現が増加した遺伝子もいくつか認められた。従って、Br体は、遺伝子発現においてCl体とは異なる作用をすることも考えられた。また、PheとPyのBr体については、親物質とそれほど発現量に変化が認められなかった。さらに、炎症マーカーであるInterleukin6(IL-6)についてreal-time PCRを行ったところ、エストロジェンでは変化が認められないのに対し、上記8検体について、増加が認められた。特に、BaP、 6-BrBaP、 BaA、 7-BrBaAについては高レベルであった。AhR標的遺伝子であるCyp1a1については、上記4検体について、遺伝子発現が高まり、Br体ではやや低くなる傾向が見られた。さらに、エストロジェン応答遺伝子であるpS2では、Phe、 9-BrPhe、 Py、 1-BrPyでやや上昇する傾向が認められた。
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