多環芳香族炭化水素(PAHs)は、様々な燃焼過程で生成され、環境中に排出されているが、近年、塩素や臭素が付加したハロゲン化PAHs(ClPA、Hs、BrPAHs)も検出されている。ハロゲン化PAHsは、構造的にダイオキシン類とPAHsとの共通類縁化合物と考えられ、生体への影響が大きいものと考えられる。また、ハロゲン置換体は、難分解性、蓄積性が増すとされ、親物質以上に生体への影響について解明することが求められる。これまでも、乳がん細胞MCF7を用いて、その作用について調べてきたが、本研究では、エストロジェンレセプター(ER)を発現していないとされる、エストロジェン(E_2)に非応答性の乳がん細胞MDA-MB-231も加えて、ハロゲン化PAHsのうち、特にbenzo[a]pyrene(BaP)のハロゲン化物について、E_2やビスフェノールA(BPA)と比較しながら、細胞増殖や遺伝子発現に及ぼす影響を調べた。 細胞増殖については、MCF7細胞では、E_2と同様にBaPやハロゲン化BaPでも増殖能が高まり、エストロジェン様作用があると考えられたが、MDA-MB-231細胞では、E_2やBPAと同様に増殖促進作用が認められなかった。これは、MDA-MB-231細胞では、ERを発現していないためと考えられた。遺伝子発現については、AhR標的遺伝子であるCYP1A1では、両細胞とも、BrBaPよりもBaPやClBaPで、発現量が高まった。しかし、そのレベルは、MCF7細胞の方が約10倍高かった。ER標的遺伝子であるpS2の発現レベルは、MCF7ではBrBaP以外で高くなった。MDA-MB-231細胞では、いずれの物質でもほとんど変化が認められなかった。炎症マーカーであるIL-6については、MCF7細胞では、BaPとハロゲン化BaPで増加していたが、MDA-MB-231細胞では、それに加えてBPAでもやや高くなる傾向が見られた。BrBaPでは、CYP1A1とpS2の発現量が、BaPやClBaPに比べて低く、Br化によって細胞に対する作用が明らかに変化したことがわかった。
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