研究概要 |
ファインケミストリーの分野において触媒的不斉水素化反応は非常に重要な技術として位置づけられており,医薬品や農薬の化学合成において欠くことのでない方法論となっている。しかしながら,これらの技術の核となる触媒はRu,Rh,Irといった地球上の埋蔵量の乏しい貴金属を用いており,新たな触媒の創生が望まれている。そこで我々は資源として比較的に豊富で安価なニッケルを中心とした錯体による不斉水素化反応の開発を課題とし研究を行った。反応基質としては光学活性なα-アミノケトン塩酸塩を基質として用いて,酢酸ニッケル4水和物とアキラルな二座リン配位子およびテトラキス[ビス(3,5-トリフルオロメチル)フェニル]ボレート(NaBArF)から調製される錯体によるジアステレオ選択的な水素化反応を試みた。反応溶媒としては2,2,2-トリフルオロエタノール,塩基として1当量の酢酸ナトリウムを添加した。ニッケル錯体による水素化反応はリン配位子の影響を極めて強く受け,ビス(ジシクロヘキシルホスフィノ)エタン(dcpe)を用いたときにのみ,良好に反応が進行し,水酸基とアミノ基がアンチ型のものを定量的に与えた(anti:syn=>95:5)。興味深いことにキラルな原料を用いたにもかかわらず,このとき得られた生成物は完全なラセミ体であった。これはアミノ基に結合している不斉炭素が高速に異性化しながら水素化反応が進行していることを意味しており,通常では異性化が起こりにくいα-アミノケトンの系においてニッケル錯体が動的速度論分割を生じさせることを明らかにすることができた。
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