膜ドメイン(脂質ラフト)は、細胞の標々な機能発現のために必要に応じて形成される動的かつ機能的な分子群であるが、アルツハイマー病の発病やウイルス感染においても重要な役割を演じていると考えられている。本研究は、膜ドメインがどのような分子機構に基づいて形成され、タンパク質の構造と機能を制御しているかを、構造生物学の立場から解明することを目的とする。21年度の研究実績を以下に記す。 (1)膜ドメインの主成分であるスフィンゴミエリンのみからなる脂質二重膜に対するアミロイドβペプチド(Aβ)の結合を、チロシン残基の蛍光を利用して調べた。蛍光強度の対温度プロットの解析から、Aβは液晶相の膜とは結合しないが、ラメラゲル相の膜に対しては結合することがわかった。Aβが細胞膜の膜ドメインに集積するのは、膜ドメインにおいて、スフィンゴミエリン分子が密にパッキングされていることが原因のひとつである可能性がある。 (2)スフィンゴミエリンとコレステロールの混合脂質膜存在下では、Aβの蛍光強度の温度依存性は、スフィンゴミエリン単一成分の脂質膜では見られなかった複雑な挙動を示し、Aβの結合が脂質膜の構造に影響を及ぼした可能性が示唆された。この組成の混合脂質膜は、細胞膜中の膜ドメインと同様に秩序液体相をとることができる。観測された蛍光強度の変化が、膜のどのような構造変化を反映しているかを明らかにすることは、Aβの膜ドメイン集積メカニズムのみならず、膜ドメイン形成メカニズムの解明にもつながると期待される。 (3)ラマン分光法を用いて、細胞膜中の膜ドメインからの構造情報を選択的に得るための新規手法を開発するための基礎研究を行なった。
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