従来から環境化学物質がヒトや野生動物の雄性生殖機能に及ぼす影響が注目されており、その機構を分子レベルで解明することはますます重要になっている。本研究の目的は、in vivoで精子産生機能を障害する化合物の作用機構を明らかにすることである。平成21年度までの研究から、アリル炭化水素受容体アゴニストであるベンゾ[a]ピレン(BaP)やクリセンが雄性マウスに対し精子産生機能障害及びCYP1A1タンパク質発現誘導を示すことが明らかになったが、その作用は非常に弱いものであった。本年度は、さらに強い効果を観察するため、化合物を投与する際に用いる溶媒の組成を検討した。その結果、5%エタノール及び5%クロモフォールを含むリン酸緩衝生理食塩液を溶媒とした場合、高速液体クロマトグラフィーの結果からBaPが高い溶解度を示すことが明らかになった。そこで、この溶媒を用いてBaPをマウスに投与したところ、マウスは著しい精子産生機能障害を示したが、投与後屠殺する前に死亡した。α-fodrinまたは活性型caspase-3に対する抗体を用いウエスタンブロットを行った結果、死亡したマウスの精巣で細胞死が起きていることが示唆された。以上の結果から、BaPをこの溶媒に溶解し使用した場合は致死性の強い毒性を示すため、この溶媒は今後の実験の使用に適さないと考えられた。 また、マウス精巣由来TM4細胞でBaPの処置により発現が増強または減弱する遺伝子を特定することにした.BaPで処置した細胞からtotal RNAを抽出しcDNAを作製した後、Fluorescent differential display kitを用いてPCRを行い、ポリアクリルアミド電気泳動を行った.その結果、対照に比べ、発現が増強または減弱するバンドがいくつか観察された。平成23年度はクローニングを行い、これら遺伝子を同定する予定である。
|