船底塗料や魚網防汚剤として使われてきた有機スズ化合物が巻貝類に作用してインポセックス(雌の雄化)を引き起こすことが知られている。これまでの研究から、インポセックス誘導にレチノイドの受容体が関与している可能性が高いと考えられ、巻貝類のレチノイド受容体の解析を行っている。海産性巻貝類の一種であるイボニシよりレチノイン酸受容体(RAR)及びレチノイドX受容体(RXR)のホモログをクローニングし、大腸菌及び培養細胞での発現ベクターを構築した。大腸菌で発現させたイボニシ由来RARに哺乳動物RARリガンドのATRAは結合しなかったが、イボニシ由来RXRに哺乳動物RXRリガンドの9-cisRAは結合した。また、ランダムに切断したゲノムDNAをRAR/RXRとインキュベートし、結合したDNA断片を単離した。得られたDNAはいずれもレチノイン酸応答配列に相同性のある配列を持っており、今後さらに周辺に存在する遺伝子を探索することにより標的遺伝子が明らかになるものと期待される。さらに、培養細胞を用いたレポーター遺伝子アッセイにより、イボニシ由来RAR及びRXRの転写活性化能について検討を行った。その結果、RXRには9-cisRA依存的な転写活性化が観測されたが、RARにはATRA依存的な転写活性化は観察されなかった。また、イボニシRXRはヒトRARβの転写活性化を増強し、軟体動物であるイボニシと哺乳動物の間でRXRの機能は高度に保存されていることが明らかになった。しかし、RARの機能には大きな違いが存在し、イボニシのRARはむしろRXRの転写活性化能を阻害した。つまり、レチノイドシグナル伝達系において、哺乳動物ではRARが主体的に働き、RARはそれを増強しているのに対し、軟体動物においてはRXRが主体的に働き、RARはRXRの機能を阻害的に調節していると考えられる。
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