老齢人口の増大に伴い、老年性認知症患者数は増加の一途をたどっており、2030年には350万人を越えると推定されている。この老年性認知症の約3分の1を占める脳血管性認知症は、脳虚血後に海馬・大脳皮質などで生じる遅延性神経細胞死が原因と考えられており、脳内の亜鉛が重要な働きを持つことが判明している。従って、亜鉛による神経細胞死のメカニズムを明らかにし、これを抑制することによって、脳虚血後の遅延性神経細胞死を抑制し、最終的には脳血管性認知症を予防・治療することが可能となり得る。 申請者等のこれまでの研究結果から、亜鉛による神経細胞死には、Ca^<2+>濃度変化に基づく小胞体ストレスが関与していることが考えられ、遺伝子発現、薬理学実験、細胞内Ca^<2+>イメージング、細胞内Zn^<2+>イメージングなどの方法を総合的に駆使し、Ca^<2+>ホメオスタシスに注目して、研究を行った。 その結果、RT-PCRを用いて亜鉛投与前後の遺伝子発現について詳細に検討した結果、記憶・学習に重要な働きを持つArcおよび小胞体ストレス関連遺伝子(GADD38、p8)が亜鉛投与数時間で顕著に増加していることを見出した。また、これらの増加は、亜鉛による神経細胞死を抑制することが判明しているカルノシンによって抑制された。さらに、カルノシンが抗クロスリンク作用を持つことに着目し、プリオン蛋白のコンフォメーション変化に対する金属の影響について、派生的な研究を行った。プリオン蛋白は、プリオン病発症に重要な役割を果たし、銅・亜鉛結合能を持つことが明らかになっている。銅、亜鉛がプリオン蛋白断片ペプチドのコンフォメーション変化を抑制し、培養神経細胞に対する神経細胞死を抑制することが明らかになった。さらに、カルノシンは両者を抑制することが判明した。本研究結果は、カルノシンが脳血管性認知症のみならず、プリオン病発症に対しても影響しうることを示唆する結果である。
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