本研究課題は平成22年度から曲率を有する脂質膜における脂質分子の局在に注目し、異なる脂質分子が細胞内でソーティングを受け、オルガネラにより偏った局在を示す機序の解明に取り組んでいる。現在のところ生理学的重要性にも拘わらず脂質ソーティングの機構は不明である。近年Marrinkらによって考案された脂質ラフト形成の粗視化モデルを、筆者らが開発したhemifused ribbonの系に応用し分子動力学計算を実施。コレステロール依存性のドメイン形成は、平面膜と同様の時間スケールで起こり、構造秩序の高いLoドメインが比較的平坦な膜部分に形成され、Ldドメインは高い負曲率を有する部分に形成される傾向を示した。各脂質分子の有する自発曲率よるソーティングだけでは説明できない、著しい分布の偏りが、膜の曲率とドメイン形成の協奏効果によって生じることから、実際の細胞内でもマイクロドメイン形成が脂質ソーティングに寄与することが示唆される。以上の研究と並行して、米国Frederick Sachs教授らとの共同研究を実施し、伸展応答性チャネルの阻害ペプチドであるGsMTx4の作用機序の解明のため、Sachsらが実験で用いているGsMTx4のアミノ酸改変体について、膜結合エネルギーの変化を解析している。これには、プロトン化したリシン残基Lys+と脱プロトン化したLys0との比較を自由エネルギー摂動法などによって行う必要があるが、充分小さな誤差での計算は現在の技術では困難とされている。そこで、このような残基の付け根(α炭素とβ炭素間)の化学結合を伸長することにより、改変する方法(side chain-pulling法)を開発した。この方法とmean force測定法と併用することによって、アミノ酸改変の効果をある程度予測できることが示された。
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