海馬神経細胞においてスフィンゴシン1-リン酸(S1P)によって引き起こされる神経伝達物質(グルタミン酸)の放出が、海馬神経細胞に特異的な現象なのかどうか検討する目的で、ドパミン作動性ニューロンのモデルとして知られるSH-SY5Y細胞におけるS1Pの作用について検討したところ、海馬神経細胞の場合と同様、低濃度のS1Pによりドパミン放出が引き起こされることが明らかとなった。このS1Pの作用はS1P受容体のうちタイプ1とタイプ3に対するアンタゴニストでるVPC23019で阻害されたことから、S1P受容体を介するものであることが示された。 次にこのS1Pによるドパミン放出におけるスフィンゴシンキナーゼ(SPHK)の関与について検討するため、SPHK阻害薬で細胞を処理したところ、S1Pによるドパミン放出は阻害されたことから、S1P受容体が刺激された後、おそらく細胞内でSPHKが活性化され、産生したS1Pが重要な役割を担っていることが示唆された。さらにsiRNAによる遺伝子発現ノックダウンにより、SPHKの2つのサブタイプのうちSPHK2が重要な役割を担っていることも示された。 ホスファチジルコリンを用いたリポソームにS1Pを内包させたlipo-S1Pを用いることで、細胞表面のS1P受容体を刺激することなく、細胞内にS1Pを送達できることが既に報告されている。そこでこのlipo-S1Pの作用について検討したところ、lipo-S1PはSH-SY5Y細胞において細胞内カルシウム濃度上昇およびドパミン放出を引き起こし、これらの効果はVPC23019では阻害されなかったことから、細胞内S1Pの働きを反映しているものと考えられた。 以上の結果より、(1)ドパミン作動性ニューロンにおいてS1Pがドパミン放出を引き起こすこと、(2)その際には細胞内SPHK2によるS1Pの産生が重要であることが初めて明らかとなった。
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