β酸化は生体のエネルギー供給において中心的な役割を担う代謝系であり、主にミトコンドリア内膜に存在する脂肪酸代謝酵素を含む複雑な分子複合システムである。β酸化の制御機構についての報告はほとんどないことから、本研究ではβ酸化を調節するシグナルの解明を目的とした。昨年度、β酸化の最初の反応ステップを司るアシルCoA-デヒドロゲナーゼ(ACAD)ファミリーに属するVLCAD1がPKAにより恒常的にリン酸化されていることを見出し、さらに、このリン酸化がVLCAD1酵素活性に必須であること、このリン酸化を抑制すると活性酸素や過酸化脂質の産生量が増加することを明らかにした。これらの結果は、β酸化系を含むエネルギー代謝系のコンポーネントがリン酸化などのシグナルにより調節されていることを示唆した。そこで本年度は、ミトコンドリアタンパク質のプロテオーム解析を行い、リン酸化ペプチドの解析およびリン酸化の意義の解明に取り組んだ。これまでに以下の結果を得た。 1、β酸化系を含むエネルギー代謝系のコンポーネント数種をチロシンリン酸化タンパク質として同定した。2、ミトコンドリアには代表的なチロシンキナーゼの一つc-Srcが比較的高く発現していた。3、チロシンキナーゼ阻害剤であるPP2で細胞を処理するとミトコンドリアの酸書消費が著しく阻害され、同時にATP産生も抑制された。4、同様の変化がCskをミトコンドリア内に発現した場合にも観察された。5、c-Srcのターゲットとしてβ酸化系に含まれる1分子、TCA回路に含まれる1分子、電子伝達系に含まれる2分子のリン酸化部位を特定した。6、リン酸化部位のチロシン残基をアラニンに置換した変異体をミトコンドリア内に発現させると細胞死や活性酸素の上昇が観察された。以上のことから、c-Srcがβ酸化系の調節や過酸化脂質の生成に関与し、直接エネルギー代謝系を制御する可能性が示唆された。
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