ヒトの2型糖尿病が肝細胞癌発生の危険因子であることが疫学調査によって繰り返し報告されている。肝発がん促進を説明する仮説として、糖尿病患者のインスリン抵抗性に伴う代償性高インスリン血症が腫瘍細胞の増殖を助長することが想定されている。本研究では、この仮説の妥当性を検証するために、遺伝的にインスリン欠損を有するAkitaマウスを利用した化学肝発がん実験および肺発がん実験を行った。 研究期間の最初の1年半においては、主に肝発がん実験を進めた。その結果、インスリン欠損マウス群と正常マウス群の間で個体あたり発生腫瘍数に有意差はなかったものの、平均腫瘍体積、個体あたり合計腫瘍体積はともにインスリン欠損群で2倍以上大きいというデータが得られた。これは高インスリン血症が肝発癌を促進するという仮説に反する。インスリン欠損群と正常群の肝腫瘍を精査すると、インスリン欠損マウスでは肝腫瘍のアポトーシス抑制のため、腫瘍増大が促進されているものと考えられた。このアポトーシス抑制機序として、高血糖環境下における腫瘍細胞内の解糖系律速酵素Pfkfb3の発現亢進とそれによるエネルギー産生増加の寄与が示唆された。 一方、研究期間の後半の1年半においては、主に肺発癌実験を進めた。興味深いことに、肺発がんについては、インスリン欠損が抑制的に働くことが分かった。インスリン欠損マウスに発生した肺腫瘍細胞では、正常マウスの腫瘍細胞に比べ、細胞増殖率に低下が観察された。アポトーシス頻度については差を認めなかった。よって、インスリン欠損が発がんに及ぼす影響は、その方向性ならびに機序に臓器特異性の存在することが明らかになった。
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